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東京高等裁判所 昭和47年(行コ)33号 判決 1973年5月31日

控訴人(原告) 中沢留蔵

被控訴人(被告) 鶴見税務署長

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人が控訴人に対してなした昭和四三年一一月一八日付控訴人の昭和四一年度および昭和四二年度の各所得税の更正処分および加算税の賦課決定はこれを取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上および法律上の主張並びに証拠の関係は、控訴代理人において当審における控訴人本人尋問の結果を援用し、乙第八号証が被控訴人説明のとおりの図面であることおよび第九号証の原本の存在および成立は、すべて認める、と述べ、被控訴代理人において乙第八号証および第九号証(写をもつて提出)を提出し、第八号証は本件課税処分に対する審査請求の審査の過程で、控訴人が東京国税局協議団横浜支部に提出した横浜市南区上永谷町五、一四七番および同所五、一四八番の土地の分割図である、と付陳したほかは、原判決事実摘示と同一である。

理由

当裁判所は、当審における新たな弁論および証拠調の結果を斟酌しても、控訴人の本訴請求は失当であると判断するものであるが、その理由として原判決理由説明を引用するほか、次のとおり付加説明する。

一、以下の事実は、本件当事者間に争のないところである。

(一)  控訴人は、昭和四〇年一〇月二三日、原判決添付目録(一)記載の土地(以下本件(一)の土地という。)を訴外笠原藤吉から、代金一五〇万八、〇〇〇円で買受け、同年一一月一日から昭和四一年三月頃までの間に右土地を宅地に造成したうえ、同月三〇日以降同年一〇月一九日までの間に七回に亘つて、右造成宅地のうち四六九・六六平方米を訴外ナシヨナル興業株式会社外二名に分譲し、合計金四一〇万七九五円の収入を得たが、右収入金額に対応する土地の取得原価および宅地の造成費等は、合計二〇一万四、九六三円である。控訴人は、更に本件(一)の土地の残余四八〇・一三平方米を昭和四二年一月二〇日、訴外喜栄土地開発株式会社に分譲し、金四三三万六五〇円の収入を得たが、右収入金額に対応する土地の取得原価および宅地造成費等は、合計金二〇八万八、八三二円である。

(二)  控訴人は、昭和四〇年一一月一三日、原判決添付目録(二)記載の土地(以下本件(二)の土地という。)を訴外横瀬邦夫から、訴外日建建設株式会社ほか三名と共同して、自己の持分三七分の四の割合で、右持分の相当代金を金一〇〇万円として買受け、窪地であつた右土地を他の共有者とともに平坦地に造成したうえ、昭和四一年一二月二九日、うち一八・八七平方米を訴外高田政雄に分譲し、自己の持分相当代金三万七、三六二円の収入を得たが、右収入金額に対応する土地の取得原価は、金一万九、六〇〇円である。控訴人は、更に本件(二)の土地の残余を昭和四二年三月三〇日および同年一〇月二〇日の二回に亘り、他の共有者とともに、訴外吉田武雄外一名に分譲し、自己の持分の相当代金として合計二〇三万二、九三二円の収入を得たが、右収入金額に対応する土地の取得原価等は、金九八万四、〇〇〇円である。

以上争のない事実によれば、控訴人は、本件(一)の土地については、これを代金一五〇万八、〇〇〇円で取得した後、宅地に造成した上、五箇月ないし一年三箇月位の間に分譲し、合計金八四三万一、四四五円の収入を得たが、右土地の取得原価および宅地造成費等の合計は、四一〇万三、七九五円であるから、結局右土地の分譲によつて合計金四一〇万三、七九〇円の所得を得たこととなり、また、本件(二)の土地については、自己の持分三七分の四を代金一〇〇万円で取得した後、これを平坦地に造成した上、一年ないし二年位の間に分譲し、合計金二〇七万二九五円の収入を得たが、右持分の取得原価等の合計は、一〇〇万三、六〇〇円であるから、結局右持分の分譲によつて合計金一〇六万六、六九四円の所得を得たこととなり、本件(一)および(二)の土地の分譲によつて、合計金五一七万四八四円の所得を得たことが明かである。而して被控訴人説明のとおりの図面であることにつき当事者間に争のない乙第八号証、原本の存在および成立につき争のない同第九号証、原審証人漆原是納および同間島惣太郎の各証言並びに原審および当審における控訴人本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すれば、控訴人が買受の当時、本件(一)の土地は、ほぼ南西から北東に三〇度ないし四〇度、あるいはそれ以上の角度で下降する約一五メートルの高低差のある急傾斜の山林であり、また、本件(二)の土地も、窪地であつて、いずれもそのままでは宅地としては利用不可能の土地であつたところ、控訴人は、本件(一)の土地については、訴外漆原土木株式会社に工事を請負わせてこれを五段の階段状の宅地に造成し、これに水道施設を設け、また、本件(二)の土地については、訴外勧銀土地建物株式会社が行つた隣接土地の宅地造成工事によつて生ずる残土の捨場として利用させて、これを平坦な宅地に造成したものであることを認めることができる。

そこで、以上の事実を総合すれば、本件(一)および(二)の土地の価値の増加は、殆んどすべて控訴人が右各土地に区画形質の変更を加え、更に本件(一)の土地については、これに水道施設を設けて、これを宅地として造成したことによるものであつて、控訴人が上述したとおり、右各土地を取得後かなり短期間のうちにこれを他に分譲したことにかんがみれば、控訴人がこれらの土地を取得後これを処分するまでの間における時の経過による地価の値上りがこれらの土地の価値の増加に寄与した程度は、殆んど皆無であるか、または然らずとしても甚だ僅少であつたものというべく、従つて、さきに認定した控訴人が本件(一)および(二)の土地の譲渡によつて得た所得も、主として控訴人がこれらの土地を宅地に造成改良した上でこれを分譲したことによつて生じたものということができる。

二、ところで、所得税法は、ひとしく資産の譲渡によつて生じた所得であつても、これを課税の対象とする場合、税負担の衡平を図る見地から一律の取扱をすることなく、概して臨時的、偶発的に発生する所得については、経常的、計画的に発生する所得に比較して担税力において劣るところから、これを譲渡所得として、経常的、計画的に発生する所得と区別して課税の対象としているのである。即ち、所得税法上いわゆる譲渡所得に対する課税は、資産の長期にわたる保有期間中に、所有者自身の意思によらない外的条件の変化、たとえば物価の騰貴、環境や社会状勢の変化等に基因して逐年生じた資産の値上りによる増加益を所得として、その資産が個々所有者の支配を離れて他に移転するのを機会に、これを清算して課税しようとする趣旨のものである。これに反し、同じく資産の譲渡による所得であつても、経常的、計画的に発生するものは、所得税法上譲渡所得には該当しないものとされているのであつて、同法第三三条第二項第一号が、同法第二条第一六号および所得税法施行令第三条で定める商品、製品、半製品、仕掛品、主要原材料、補助原材料、消耗品で貯蔵中のもの等のいわゆるたな卸資産の譲渡その他営利を目的として継続的に行われる資産の譲渡による所得を譲渡所得から除外しているのは、右の趣旨を示すものである。例えば、不動産業者が転売の目的で他から取得した土地はまさしく右にいわゆるたな卸資産であつて、これが分譲によつて得られる所得は、譲渡所得には該当せず、同法第二七条に定める事業所得として課税上譲渡所得とは別箇の取扱がされるのである。

ところで前記所得税法第三三条第二項第一号の規定においては、更に、上記のたな卸資産のみでなく、たな卸資産に準ずる資産として政令で定めるものの譲渡による所得をも譲渡所得の範囲から除外すべきものとし、右にいわゆる準たな卸資産について、所得税法施行令第八一条第一号は、雑所得を生ずべき業務にかかるたな卸資産に準ずる資産をいうとの趣旨を規定する。例えば、山林の所有者がその山林を宅地に造成して他に譲渡するような場合は、宅地として造成することによつて生じたその土地の増加益を譲渡行為によつて実現しようとするものであつて、譲渡による所得の発生は、所有者の意思によらない地価の値上りによる土地の増加益の譲渡行為による実現が偶発的といい得るのに反し、意図的、計画的であり、この場合の譲渡行為は、たとえ業として行われたものではなくとも、なおこれを営利を目的として行われたものというを妨げず、不動産業者がその所有土地を宅地に造成してこれを他に転売する場合と異るところはないのである。なお、これを換言すれば、不動産業者の場合においては、その所有土地は、上述したとおり、まさしくたな卸資産であるが、設例の場合における納税者の所有土地も、たな卸資産には該当しないが、なおたな卸資産に準ずる資産として、前記所得税法の規定は、これが譲渡による所得を譲渡所得の範囲から除外したのであつて、土地を宅地に造成する等土地の増加益発生の原因となる改良を加えてこれを他に譲渡する行為は、規定の表現の適否はともかくとして、前記所得税法施行令第八一条第一号にいう「雑所得を生ずべき業務」に該るものと解すべきものである。

三、いまこれを本件について見るに、控訴人は、本件(一)および(二)の土地を取得後、山林であつた右各土地を宅地に造成改良の上、短時日のうちに相次いで他に分譲したのであつて、この譲渡行為による所得がたな卸資産に準ずる資産の譲渡による所得として、譲渡所得に該当しないことは、上記二においてした説明に照し明かというべきである。而して控訴人による本件(一)および(二)の土地の分譲は、業として行われたのではないのであるから、右分譲によつて得られた控訴人の所得は、所得税法第三五条にいう雑所得であつて、被控訴人がこれと同一の見解のもとに、右所得には租税特別措置法の適用がないとして控訴人に対してした本件係争の所得税の更正の処分および右処分を前提とする加算税の賦課決定の処分にはなにらの違法はなく、控訴人の本件請求は失当たるを免れない。

控訴人は、本件(一)の土地は自宅建設のための敷地としてこれを買受け、宅地造成工事に着手したが、予定どおりの工事を進めるについて隣地所有者の承諾を得ることができなかつたため、やむなく予定を変更して造成工事を完了し、これを他に分譲することとなつたものであり、また、本件第二の土地は、アパートまたは貸家の建設用地とする目的でこれを買受けたものである旨主張し、原審および当審における控訴人本人尋問の結果によれば右主張の趣旨を窺い得ないわけではないが、右係争各土地の譲渡による控訴人の所得が譲渡所得ではなくて雑所得に該当するとされる所以は、控訴人が宅地としては利用不可能であつた山林を宅地に造成改良の上、これを他に売却したところにあるのであつて、控訴人の係争各土地の取得の目的ないし動機が奈辺にあつたかは、右各土地の譲渡による所得を雑所得であるとする判断に影響を及ぼすものではなく、控訴人の上記主張は採用すべき限りではない。

よつて控訴人の本訴請求を棄却した原判決は相当であるから、民事訴訟法第三八四条第一項の規定によつて本件控訴を棄却すべく、訴訟費用の負担につき同法第九五条および第八九条の規定を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 平賀健太 石崎四郎 安達昌彦)

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